つづってた

そのときハマった漫画や本についてあれこれ書いてます。

シン・エヴァンゲリオン劇場版:|| 感想・卒業式と祭りのあと

※以下、映画とNHKのプロフェッショナルのネタバレしています※

 ドクターストーンのアニメ2期がはじまって終わろうとしてる(3期特報で七海龍水待ってます!!)とブログを開いて思いました。

『シン・エヴァンゲリオン劇場版:|| 』を子どもと観てきました。先日子どもが卒業式で、春休みの平日に観に行こうと話しててやっと行けました。二週間近くほとんどネットに寄り付かなかったのでネタバレも回避してた…と思いきやちょっと堅めのニュースサイトのコメント欄でまさかのガチファンの熱い語りに遭遇し、ちょっとだけ展開わかってしまったのが悔やまれた…。あと宇多田ヒカル公式サイトで、da capoバージョンが流れることも。

一番懸念してたのは子どもが見てるYouTubeで、そこからネタバレ考察!みたいな動画を先に観て子どもにバレを話されたらどうしようとかハラハラしっぱなしだったんですけど、無いまま行けました。子どもがマイクラ好きで良かった。ありがとうまいぜんシスターズさん。LINEスタンプ可愛いから買いました。YouTubeといえば、オリラジの中田さんの長時間動画も楽しかったです。中田さんの感想動画も観たい。

そんな感じでほぼネタバレ無しで観に行けて、結果とても楽しめました。というか、なんか寂しかった。生粋のエヴァファンではないし、子どもがハマったからついてきたほうですが、TV放送時にシンジくんたちと同世代だったときにオタクだった者としては、エヴァというお祭りが終わったという、ひとつの大きなイベントが終わったような、そんな気持ちのほうが強いです。

ネタバレは気を付けてたけど、宇多田ヒカルファンなので『One Last Kiss』は発売と同時に買って延々聴いてました。もう、あの「忘れたくない人」「忘れられない」ってフレーズがずっとつづくのを劇場で聴いている往年のファンの人のことを思い浮かべたら、なんか泣けてました。落ち着けって感じなんですけど、どちらかというとエヴァをずっと追っていた人のことを思い浮かべながら、この映画も観てきたように思います。

ファンは長ければいいとは思ってませんが、ただ長くつづけていたから見えたことや感じること、体験できる境地のようなものはあると思っています。例えば数年前に終わったドラマTRICKも、完結編の映画でそういう心境になれましたし、幾原監督ファンの方も多分、ウテナからさらざんまいまで観て、長く付き合ってここまで来たという気持ちを持ったと思います。そういうことを体験出来るもののひとつに、エヴァもあったと思います。…枕が長くなりました。 

開幕、マリちゃんの歌からはじまり。ああ、これが最後の…と思ったらついついバッグを抱える手に力が入りました。ラストのことを思えばとても印象的だなと。ブルーレイがあれば2周目したくなるやつ。フランスでの戦い、ちょうど映画の前にナディアのラスト2話を観てたので感慨深いというか…エッフェル塔頑張った。私にアニメって楽しいな!と思わせてくれたのがナディアだったので、最後のエヴァの最初の場面がここというのが嬉しかったです。子どものころ、フランスの青い空にぽっかりと浮かぶ赤いレッドノアがどことなく怖かったんですけど、この青と赤というのもエヴァ的には、なんか因果だな…などと思いました。

電力供給するために歩き回ってくれる敵の造形の気持ち悪さも、いいなー…フランスってなんかおしゃれで洗練されてるっていうイメージがどうしてもあるので(ハートキャッチプリキュアの花の都でファッションショーですか?が大好きすぎるのもあり)、ミスマッチで悪趣味…みたいなのが、ナディアを観てたころに意識を戻されました。何度も思うけど、あのマヤさんがこの若造!みたいなこと言うの新鮮。でもかたくなに「副長先輩」ってリツコさんを呼んでるところが好きです。

マリちゃんの、どこにいても必ず…でキメ!という感じだったんですけど、まさか…まさかあんな…ということになるのを、この時は知る由もなかったのである。 

シン・エヴァで一番びっくりしたのはこの最初のパートだったと思います。突然の昭和っぽい田園風景…というか田舎の風景。(エンディングでトトロと知る) 自分の地元があんな感じのところだったので、どうしたエヴァ、こんなところでと思いました。自分の中のエヴァ像は、チャンネル数少なくてテレビ東京系観られなくて、観るには上京してる先輩にビデオ録画してもらって帰省した時に皆で借りて回し観するか、隣りの市のTUTAYAに数ヶ月遅れで新譜で入ってきたビデオが2泊3日か1週間レンタル可になるまで待たないと見れなかったような田舎の中学生にとっては都会のアニメで、シンジくんたちも都会っ子!みたいなイメージがずっとあったので、どうしてこんなトトロとコラボみたいな…な展開にちょっと笑ってました。唐突なオチビサンCMも笑った。

綾波がかわいかった。かわいすぎるというか、あまりに知らないことが多すぎて周囲のおばちゃんたちや委員長が笑って済ますのが怖いほどでした。話の都合といってはそれまでですけど、でも、未曽有の、本当に生きていることが奇跡のことを経験したらあそこまで人に優しくなれるかも…なんて思いもしました。トウジくんと委員長おめでとう。生きててよかった。生きてることにびっくりしました。Qの雰囲気だともう故人のような印象だった。

無機的な存在が家族と赤ちゃんと交流…っていうの、からくりサーカスでも大好きなパートなんですけど、こっちも可愛かった。赤ちゃんのこと見てる綾波がかわいかった。なにも知らない綾波に、おまじないと教えてくれる委員長が素敵だった。トウジくんは五体満足で家族と町の人の中であくせく頑張っているのを見て、良かったなぁ…と思いました。ただ、観てるときは、シンジくんと綾波がここに居るってことは…!このあとここが…!?ってむごい展開が来るんじゃないかと思って構えてたんですけど、杞憂に終わってほっとしました。(後に危機に晒されるのは変わらないけど)

そして、ケンスケくんも生きてた。以下、ケンケン。生きてたみんなで同窓会じゃあああって思ったけど、ほんと同窓会の感じというか、数年後会ったアイツはとても恰好良くなっていたっていう。トウジくんが生きるために色んなことを経験したと言ってたけど、それはトウジくんに限らず生き残った人たちは皆そうで、ケンケンもそうだったわけですが、とにかく懐がでかくなったところが恰好良かった。大人の包容力。そんなケンケンに、アスカも少なからず心を許している様子にこっちのテンションが上がる。

新劇場版のQまで観て、エヴァに望むものはシンジくんたちが笑顔になるエンディングだったんですけど、個人的にはその最たるところにアスカがいました。そもそも今回エヴァの結末が観たいと思ったのは、あのTV放送当時ほぼ同い年だった、そしていまでは自分の子とそう歳の変わらないキャラクター達が、ろくでもない親のせいでまだ、数十年に渡ってひどい目にあっているという感覚があって、痛ましくて(どうしようもない大人しかいないために)閉塞的な彼らの先に笑顔があって欲しいと思ったのがきっかけで、特にアスカはテレビでも旧劇場版でも、とにかく痛い中で孤軍奮闘という、いっそ死んだほうが楽なんじゃ…ぐらいの印象で、それでさらにQでは内面は成長しててもみてくれは変わらず、よりアンバランスな存在になってしまった。そんな歯がゆい中でシンジくんを叱咤する。マリちゃんが姫を助けろ!っていうのにも共感してしまう。眠らなくても食べなくても生きていけて、さらに今回で綾波と同じ…え…?ってなんかもう、暗がりの中、手人形でひとり自分を励ますアスカがつらかったんですけど、そんなアスカがやけに今回、ケンケンは、ケンケンは、と言う。ケンケンなら仕方ないな…って顔をする。そこに14年間で育まれた何かがあったんだろうなと思うと、アスカにもそういう場所が出来て良かったと思えました。

シンジくんに強制したり、時間制限をつけて急かさない大人がケンケンでした。釣り竿渡されて、でも1匹も釣れなくて、恥ずかしそうなシンジくんになるまで長かったけど、信じて待っていてくれたケンケンはシン・エヴァに限らずエヴァ内ぶっちぎりの大人のいい男だと思います。そんなケンケンとの墓参りが、シンジくんのターニングポイントのひとつだったというのもいいなと思いました。少年の成長に尊敬出来るような先達がいたっていう、これまでにない展開で、ほんとエヴァか、変わったなエヴァ、いやこのあとケンケンがむごたらしく…って感動と不安を行ったり来たりしてました。無くて良かった本当に…。

自分がエヴァはそれなりに観たけど乗り切れなかったのは、尊敬できる大人キャラが居なかったことが理由の一つで(二つ目は、重量感のある兵器同士の戦いが好き、大好きなのはエスカフローネとビッグ・オーです)、当時オタクの親友たちとは、エヴァはグランディスさんとサンソンとハンソンとジャン(←大好きなキャラの皆さん)の居ないナディアだな…みたいな話をしてたことをケンケンを観て思い出したんですけど、ようやくそういうキャラが出たのが最後の映画っていうのが、なんかこう、エヴァが変わって、あのエヴァの空気感が変わって、終わろうとしてるのかな…っていう、村のシーンはそういうことを感じさせてくれる場面でした。

で、綾波らしさを作っていった綾波。最後まで自分なりに生きようとしていた綾波。元の綾波とは違うけど、綾波綾波だ…って思ったシンジくんの前でまた喪われてしまう。悲しい。エヴァで好きなのがシンジくんと綾波の交流ボーイミーツガールだったので、何度目だ綾波…ってカヲルくんもそうはそうなんですけど、でも消えた綾波をきっかけにこのままじゃダメだと奮起したシンジくんにじんとしました。同時に、もう意志とは関係ないところでシンジくんに惹かれる生物としてつくられていても、そういう自分でも、それでもそれ以外は自分の意志で考えられて、その結果、村の人や委員長一家へも自分なりの思いを伝えて、シンジくんにも伝えて消えていった綾波の描写が好きです。あの何度も何度も来てくれた綾波は、シンジくんに「伝える」って姿勢を感じさせてくれてたと思います。そしてそれまで、ケンケンやトウジたちを通して、ろくに答えなかった自分に対する、相手が伝えるためにかけた熱量も感じ取っていたんじゃないかなと。だからもう、本物の綾波だろうとなかろうと、綾波でなくても誰だろうと、このままじゃ事態が動かないとシンジくんは立ち上がれたんじゃないかなと思います。シンジくんやった!あの見てよ!与えてくれよ!って言ってたシンジくんが、伝えよう、手を伸ばそう、っていうシンジくんになった…!!

自分の見たかったものの7割くらいはこのへんで観られた気がします。あとこのあとの、ヴィレ戻ったシンジくんにアスカが聞きたかったことを聞くシーン。マリちゃんもアスカを支えてたんだな…って思いました。そして最終決戦開始。アスカがまたつらい。眼帯からなんか出た。人を辞めてしまった。アスカはオリジナル(?)からも展開からも作品からも逃れられない、みたいな勢いすらあった人柱描写にまた悲しくなったんですが、今回はこのあと救いがあってほしいと、思えるような空気だったのがすごい最後の映画っぽかった…。

総決算じゃ!!って感じで、ゲンドウが急に来る。急に撃つ。リツコさん即撃って、なんかもう言っちゃなんだけどスカッとしました。なんか零したと思ったら脳でうげってなったけど(横で子どもも小声でうわって言ってた)、その後脳なんか気にならないくらい眺めのいい目元で笑いました。

父さん!ってシンジくんも来たけど、父さんとの話はお預け…ヴィレクルーの皆さんの討論会開始。すんごいナディアのオマージュだった。ミサトさんに関しては最期まで特にそうだったけど、やっぱりエヴァはどこもかしこもネモ船長とエレクトラさんとナディアだな…って思ったんですが、ヴィレから離れ生き残ったリツコさんたちはそうでなくなるっていうのがなんか、エヴァっていう台風の目のような、コアのようなものから離れていく存在だと思えて、祭りから一人一人帰っていくみたいな感じがなんだか寂しくもありました。

ミサトさんも、今回で突然の設定盛り盛りでびっくりしましたが、親として接することの出来なかった息子のいる母、になったことで、シンジくんとの関係性もちょっと遠くなったように思います。なにかあったときにシンジくんに即、全身全霊かけられない存在になった(という理由が出来た) すごい線引きされた感じがありました。撃たれるの庇ったけども、シンジくんのためだけども、引いてはきっと人類の、息子のためでもあるという。そのワンクッションみたいな感じ。だからこそ少し冷静に、シンジくんに心が寄りかかることなくミサトさんは振舞えたんだと思いますが、でも加持さんがいないならなおさら息子さんのところへ帰って欲しかったな…と思います。グランディスさんのように子を託されたリツコさん、つらいじゃん。親のやったこと、自分の発言に対しての尻ぬぐいをする、という流れでミサトさんもナディア最終回のネモ船長になってしまったけど、そこは悲しかったです。ミサトさんも自分のことを息子に伝えようとして欲しかった…。

そしてとうとう親子対決をする。あのあたりの雑さにどうしたエヴァの映像…って別の意味でびっくりしたけど、素人のイマジネーションの世界なので…っていうことで、あちこち舞台が変わるわ室内にあのエヴァがみたいなシュールギャグのようなやりたい放題劇場だったですけど、最後だし本当にガチですごい映像の親子対決観たかったなー!とも思いました。予告の映像でドキドキしてただけに。そこは後ほどの甘き死よ、来たれなシーンのオマージュのところでも思ったですけど、ああいうゾクゾクするような映像体験、ヤバいものを観てしまってる体験を最後に味わいたかった気もします。でもなんだか、本当に終わるなら多くは望まないみたいな心境になってて、そこはもう妥協。

ていうかここからは、映像からなにかを読み取るというよりも、監督の乗り移ったゲンドウのカウンセリング・キャッチボール・居酒屋ちゃんぽんみたいな気分でただこれまでの言葉足らずだったおっさんの怒涛のトークをひたすらうんうん頷きながら聴く気分でいました。そしてシンジくんも聴いてた。たまに、弱さを正面から受け止めないからつらいんだよ的なことまで言ってくれた。旧劇場版と立場が変わったシンジくんとゲンドウくん。くん付けちゃったよ思わず。対比描写のオンパレードで、新と旧の対話みたいな感じでした。回顧し、昔の自分を受け止めてるおっさん。ああでも、誰かもっと前に言ってくれよ…止めてやれよ…って思ったけど、冬月さんしか居なかった。同じように今回の場合、ミサトさんにもリツコさんしかおらず、止まらなかった。

そんな中でゲンドウくんは自分の子、ユイさんと自分のあいだに生まれてきた子どもに向き合って、ユイさんを見つける。自分の碁の中に佐為がいた…って気づくヒカルのように、家族の中に家族の面影を見つけたゲンドウ。ここ大好きです。なんやかんや儀式の果てにユイさんに会うんじゃなく、自分の中や他者の中に、ユイさんを見つけるっていうのが、内面に向き合えたんだなってわかって好きです。漫画版の理由もあれはあれで(わかりやすい理由があってスッキリしたという意味で)好きなんですけど、こっちの不器用さ全開なのをさらけ出してきた決着のほうがまだシンジくんに救いがあっていい…。 

先日のプロフェッショナルでも何度か語られてましたが、ここからは卒業式のような感じでした。ちょうど子どものに参列したばかりというのもあるんですけど、呼ばれて返事をして前に出て、校長先生というシンジくんと対面して、言葉を交わして、卒業。アスカ、カヲルくん、レイちゃんがそれぞれ旅立ちを迎える。

アスカの独白…あの予告の子は小さい頃のアスカだった…誰かにただ頭を撫でてほしかった…あの、いつもひとりで自分を励ましてた人形がどでかいぬいぐるみになってそばにいて、その中から顔を出したのがケンケンだったときに、うわああああって内心の叫んでました。そんなに近くにケンケンがいたのねアスカ…そうして欲しい、そうしてくれた誰かがアスカにいたんだと思ったら目頭が熱くなりました。アスカとケンケンの14年間ムービーを見せて欲しい。アスカがあの村を守る場所だと言ったときに義務的な意味あいで取ってましたが、ケンケンのいる村だというニュアンスがあったらときめきが止まらない。 

そのあとのカヲルくんも、新情報満載で!!?!!?ってなってましたが、カヲルくんの涙のインパクトと、救われたかったカヲルくんの加持さんとの会話を聞いて、なぜか日出処の天子の王子と毛人の最終シーンを思い出しました。カヲルくんのシンジくんを救おうとする強い意志と希望を口にする、それは救われたい自分と希望を見出したい自分がいたからだと。希望を口にしないと壊れてしまうのはカヲルくんだったのかな…なんて思いました。何度も何度も、シンジくんの前でむごたらしく死んでいくカヲルくんも、その輪廻から解放された。

そしてとうとう、レイちゃんが!!あの取り込まれたまま、髪が伸びていたレイちゃんもシンジくんと伝え合えるのかと思って感激してたら、ここでいきなり新世紀エヴァンゲリオンって語りだして、サブタイトル画面がわーーーっと流れ出して、傷ついたレイちゃんを前に僕が乗るって言ったシンジくんが脳裏に浮かんで、フィナーレか!って感じがたまらなかったです。レイちゃん、もう出てこないと思ってたから個人的に嬉しかった…

もうこれ以上はあるまい…と思ってたら、赤い海のほとりにシンジくんとアスカが居てたまりませんでした。ここも掬っていってくれるんだなと、本当にすべて終わっていくんだなと。好きだったと、あのころ言えなかったことを伝えるシンジくん。ちょっと照れる、アスカ。成長したんだな…。伝えることが巡り巡る。輪るピングドラム…(プロフェッショナルで庵野監督の横にウテナの紙袋あってニヤニヤしました)。 エヴァキリスト教が云々というわりに与えるキャラがいないぞと思ってたけど、いまみんなが自分の中から何かを与えよう、能動的になにかをしよう、伝えようとしてる…とそういうやりとりが為されていくことに、じーんとしました。アスカをケンケンのところへ届けるシンジくんに、あ、アスカがケンケンのことを特別だと思ってることを察してたんだなとちょっとびっくりしました。その後、ケンケンのもとへ帰ったアスカが観たい。ふたりの生活どうなるの。そんな妄想の余地があって好き。

そして卒業式、最後にみんなと対峙して別れたシンジくんを迎えに来たのは、マリちゃんだった。マリちゃんだった!来てよかったねーーーーって思ったら、えええ!!!そこまで来た!!!!!って感じのエンディングでびっくりでした。いやもう、出されたらそうか…としか妙に腑に落ちるというか…。

ある物語が動くときは(主人公と周囲の人物にとって)予想外の闖入者がやって来た時で、物語が始まった時点でどうにもならない膠着状態をかき混ぜたり、恋に落ちたりするのもそんな相手だったりするのを思うと、エヴァというひとつの(作り手側の)膠着状態を変えたのは新参者(といってももう長いけど)のマリさんだったり、あるいは成長したケンケンだったりするのかもと思いました。今回冒頭でマリさんが歌ってる水前寺清子さんの歌の歌詞に、長さじゃないよって歌詞が入ってるのがなんとも。このフレーズ、冒頭でやけによく聴こえたのを思い出します。

エヴァのいない世界ならそうかも…というのは、カヲルくんとレイちゃんは似たもの同士ようなふたりだしなあ…。カップリングという感じでもそうでなくてもいいですが、社会人シンジくんという存在が誰かと気安く話している、手をつないで走っていくっていうのが、電車から降りて、自由に駆け出すっていうエンディングのインパクトがすごくて、本当にエヴァが終わって、大団円って感じになって、その出来事に圧倒されました。作品の完成度とか技術などと関係ないところでの感動がすごかった。

『One Last Kiss』も、劇場で流れたらしんみり泣けるんだろうなと思ったら、もう全然違う。画面のさわやかさとのギャップになんか戸惑ってたんですけど、でも、テロップが流れてきてから、庵野監督は『監督不行届』で熱く語ってた、敬愛する安野先生の漫画のような、見た人が自分もがんばろって元気づけられるような作品を、エヴァで作ったぞと、そうなったんだなと思ったら泣けてきました。ハッピーマニア大好き。最後の『Beautiful World』も、ここにきてゲンドウくんの歌になってて、本当に、いろんなものがまとまって、つながって、終わったんだなと思いました。あの公開された全員集合のポスターも良かった。端と端をつなげるように丸めると、アスカとケンケンが隣りなのがとても好きです。

そして帰ってきて、いろんな方の感想ブログを読み漁って、こういう思いの丈をこれでもかと伝えたり考察したり、そういうことをする時間が楽しいっていう感じが味わえる作品が完結したんだと思うと、歳月の流れを感じます。友人が十二国記の大ファンで、待望の新刊発売(ってそれももう2019年だし)に、京極夏彦ファンの私も妖怪シリーズ出て欲しい、近日刊行ってあったし…あと3年か5年かな?なんて思ってたので、待っていることが既に自分の一部で、そうでなくても5年があっという間に思えたりもする日々の中で、エヴァの完結を観てあれやこれの終わりに立ち会いたいなという気分になりました。待ってるあいだもまた楽しいんでいいけど、終わりも知りたい。

そういえば『監督不行届』の記事書いてたんですけど、そこの終わりも似たようなこと書いててちょっと笑えました。(アルスラーン戦記は終わったよあのころの自分…でも立ち直るのにしばらくかかったよこんちくしょー)

一緒に見た子どもは果たして楽しかったのか…と思ったら自分よりもいろいろ細部まで覚えていて楽しかった様子。村のあたりは若干ダレてましたが、目がアレなゲンドウがツボだったのかそこからしっかり観てた様子。思い出に残ってるのもゲンドウくん。戦闘シーンの真似もしてました。楽しめたならなによりだ…卒業おめでとう。

 シン・エヴァ楽しかったです。また観に行きます。  

 

監督不行届 (FEEL COMICS)

監督不行届 (FEEL COMICS)

 

 

ドクターストーン アニメ最終回感想・2期は子どもが見られる夕方に放送して下さい!っていう希望

早いものでDr.STONEが最終回を迎えましたが……もう一週間前!早い!年の瀬!今週やってない……って思うと寂しいですが、先週はアニメオリジナルの展開からコハクちゃんのセリフ&千空の決めゼリフ→タイトル→2期決定&あの三人の手のカットと流れるような告知に思わずやったー!!と声に出して喜んでました。二期おめでとうございます!!嬉しい!!

 

 

振り返ってみれば今年一番観たアニメになってました。オタク的には今年はさらざんまい関連でエンジョイしてましたが(念願の浅草観光もしてきました)、ドクターストーンは子どもがハマって毎日今週放送の話+好きな回(ランダム)を一日一回必ず観てたので、親子一緒に毎日ドクターストーン漬けでした。特に最終回一話前の23話の放送週は、何回ゲンの歌『カンデンマンガン』を聴かされたかわかりません……。原作で歌ってたっけ?って思って読み返したら音符マークがついててまた笑ったんですが、とにかくエンドレスで聴いてる子どもの横で洗脳状態でした。こういうところもアニメならではの楽しさだなと感じました。

そして最終回、漫画で読んでるのでどこで終わるのか気になってましたが、歌という見どころをこれでもかと盛り上げた素敵な最終回だったと思いました。リリアンさんの歌の深みに千空のお父さんたちのオリジナルエピソードがいい塩梅で追加されていて、数千年の時を越えて交わされた親の思いが子に伝わるシーンに、わかっていても泣いてしまいました。

漫画のほうもBoichi先生の画力と構図で歌のシーンが目の前に広がってくるようでしたが、実際に歌で魅せられるというのはアニメの特権だなと感動しっぱなしでした。またアニメの最終回の作画が!特に歌を聴いている表情の作画が好きです!音質のこともあって漫画のほうのゲンは割と冷静な感じに見えたのですが、聴き入っているアニメバージョンもいいなーと思いました。百夜さんの声が聞こえてきたときに、文明が失われた時代に文明があった遥か昔のひとの声と歌が聴こえてくるその驚きを追体験した気分でした。声のタイムカプセルってロマンだ……。あとどうでもいいですが千空と百夜って名前を聞くとSF作品の百億の昼と千億の夜を思い出す…。

アニメのドクターストーン全体的に漫画の隙間を原作の雰囲気を壊さず肉付けされてて原作とはまた違う味わいがあって好きです。特に百夜さんたち最後の6人の描写が増えてて、後半泣かす気満々だな……って思って観てて、やっぱり泣きました。特に最後のEDは、変わった後にあの話が来るってね!狙い通りです!アニメありがとう!!

漫画は週刊連載で毎回スピード感と山場と引きが強くて、それでいて余韻があるのはBoichi先生の描写の細やかさと構図の力だと思うのですが、アニメの描かれていない間のみんなが見られる、みたいな楽しさもとても好きでした。

最後は二期への導入ということで、大樹&杠ちゃん(しゃべったーーー!)に司帝国の重要キャラのチラ見せもあってワクワクしました。まさかあのキャラも…(笑)アニメではオリジナルのシーンで後々出てくるキャラの後ろ姿とかもさりげなく挟んでくれてたので、原作を知ってる方はもれなくニヤニヤしてたんではないかなと勝手に想像しています。

ただそこまでやってくれても最終回はVS司帝国前だし二期来なかったら悲しすぎる!!!とハラハラしてましたが、早々に告知されてホッとしました。あの三人の手がーーという告知カットにまたじんわり……。ここからまだまだ楽しくなるので二期が楽しみです。今回のように2クールだったら、あの濃い二人も出てくるかな……(本作で一番好きなキャラがハッハーの人) 

これからの展開でキャラがどんどん増えていきますが、ドクターストーンの好きなところは科学おもしろい!ってテンションとみんなの笑顔はチームワークの賜物というところです。稲垣先生は前作のアイシールド21のときから誰しも得意不得意があって、得意なものを持ち寄ればチームが強くなるって描写をガンガン描かれてたので、それが今回はアメフトチームという枠から社会の描写まで広がって、石神村が豊かになっていく様子は見ていて楽しくて、読んでるこっちも頑張ろ!って気持ちになれました。とてもいい意味で、人と人が社会のひとつの歯車としてかみ合って回って、みんなの生活を豊かにしていく、そういう意味では石神村は社会の理想の形のひとつなのかなと思います。

そしてなんといっても科学!とにかく科学!なわけですが、本作を通じて難しい仕組みを理解して興味を深めていったり、いま世の中にあるものの恩恵を改めて感じたりと、物の見方や考え方が変わる作品だなと思います。

 とまあ、そんなことを改めて言わなくても読んでて物づくり描写にわくわくするし、石好きとしてはニヤニヤするしで(鉱物大好き!!!)、同じく石に興味があってちょうど学校で理科のクラブに入った子どもに面白い漫画があるよと勧めたら、いまや私以上にハマってくれて、細かいストーリーだけじゃなく薬品名や用語まで覚えはじめて興味を持ってくれたので、親としてもファンとしてもちょっと嬉しくなりました。子どもも興味あるから~とかこつけてちょっとお高い鉱物標本もゲットする口実もできて自分も嬉しい。 

そんな子どもも最近は同じクラスにドクターストーンを知ってる子を見つけたそうですが、そのきっかけが、バイヤーでゴイスーとゲンの口癖を真似てたら「お前ドクターストーン知ってんの?」と言われてそこから話がはずんだそうで……オタクの出会いみたいで面白いと笑ってしまいました。そんな初のドクターストーン友達は自分でおこずかいを貯めて単行本を買っていて、勉強は苦手だけで漫画を読んで理科はがんばってるそうで……めっちゃ素敵なファン!!

小さい子が純粋に科学や物づくりに興味を持つのにドクターストーンおすすめって思うんですが、なかなか知ってる子を見かけないのは放送時間が深夜帯だからかな……と少しもったいなく感じています。うちは親が原作ファンであっただけで、そのお友達はたまたま番組表を見て録画予約をしたということだそうで、夕方とか子どもが見られる時間帯にやってたら、もっと科学に興味を持つ子も増えるんじゃないかなーーと思いました。子ども大好きYoutubeも、どちらかというと既に好きな物のほかの情報を見るために使ってますし。

こんなふうに思うのは、自分が子どものころ本作に出会いたかったって気持ちもあるんですが、2期の放送とか1期再放送(してほしい)とかも、もう少し夕方よりの時間帯になったらいいなという希望を持って、ジャンプと放送局に感想&要望も送ってみました!要望はスポンサーであるテレビ局に言うと効果あるって某監督が仰ってた!

もう二期あるだけでもありがたいことですが、淡い期待をしつつ、アニメのつづきを楽しみにしたいと思います。

  

 これも面白かったー!(Boichi先生仕事しすぎー!)

Dr.STONEの最強自由研究 (集英社ムック)

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ドクターストーン Dr.STONE コミック 1-13巻セット

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美しい鉱物―レアメタルから宝石まで鉱物の基本がわかる! (学研の図鑑)

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  • 出版社/メーカー: 学研教育出版
  • 発売日: 2013/03/01
  • メディア: 単行本
 

 

さらざんまい最終回感想・カッパになってラッキー 未来につながる大団円

さらざんまい!最終回でした!もう一週間経つっていう!もう超ド級の大☆団☆円!!!(個人的な幾原監督の作品比)で、気持ちが落ち着くまでに約一週間かかりました。とても素敵な最終回でした。カッパになってサイコーだった!結果的に!

10話までの時点では、ほんと久しぶりに胃痛で日常生活に支障が出てる感じで、ていうか7話までは燕太くんすごい!!酷すぎて笑える!!みたいなテンションだったのに8話から一気にどん底モードに入ってきてああ…いつもの幾原監督…みたいな悟りモードに入ってからの9話……9話素晴らしかった……でもつらすぎる……からの10話だったので1ヶ月くらいずっと胃痛続きだった気がします。これがオリジナルアニメの醍醐味ですよねサイコー…って感動しつつも、どうしてもOPのラストの夕暮れカットと本編が結びつかなくて、これユリ熊嵐のEDみたいな感じなのかしら……って気分はもうどん底でした。さらざんまいを観た翌日からは、NHKの「あさがきた」の再放送とキャロル&チューズデーで胃痛を薄める日々でした。(ただ10話ぐらいの時点で「あさがきた」も旦那様が病に~とかつらい展開だったのでむしろ胃痛増)

そこからたった1回で地底からスカイツリー上空くらいまでオラァっと吹っ飛ばされたくらいのイメージと感性の嵐だったな…というのか最終回から一週間経って振り返った印象です。とても力強いメッセージを感じるラストのように思えました。

以下個人的な話がだらだらとつづきますが、幾原監督の作品のキャラで一番好きなのがピングドラムの冠葉くんで、リアルタイムで追っていた時は後半ずっと暗いテンションで放送を観ていて、21話で所属するテロ組織を嗅ぎまわってた記者を殺めてしまった時にはもうダメだ…アニメのキャラ的にまっとうに生き残らない…と落ち込んでました。その後の話で彼はどんどん街を壊したり攻撃したりと後戻りできない道を進んでしまいハッピーエンドは望めないな…と思いながら見守ってた最終回、冠葉くんは彼の中での救いを見つけ旅立ちました。彼の場合、アニメ内で決定的な出来事がなくても、名前がカンパネルラから来てるあたりで察してたので傷は浅かったんですが、それでもとてもあのラストは悲しかったなと、いまでもしみじみ思っています。大好きなんですけども。

で、さらざんまいも回を追うごとに悠くんがいい子で好きだな~と思ってたら、兄さんのために、と言ってどんどん引き返せない方向に行きだして、またしてもこのパターンか!!(好きなキャラの傾向が似ているので当然なんですが)って胃をゴリゴリされる思いで10話まで観ていました。ストーリーを追っているだけでもつらいですが、自分の子とそう歳の変わらない子どもがつらいめにあっているのを見るのも苦手なので、ひたすら神経すり減っていく……んですが、9話は圧倒されました。大好きです……。終わりの描写とかも音楽も相まって美しかったな…。Cパートだけで短い映画でも観たような濃厚さと満足感でした。武内さんの演出が輝きまくってました…。

10話の時点で悠くんの脳内テーマは「少年よ我に帰れ」でした……ちょうど車内でかけてる曲も「涙の種、笑顔の花」とか「happily ever after」とかで(プロメア観てからのグレンラガン思い出し)来たる最終回に向けて悲しい気持ちを高めて少しでもショックを緩和しようとしてたんですが、最終回を終えてからは、さらざんまいの脳内テーマはプリキュアメドレーみたいな感じになってました。友だちと手をつないで彼なりの希望を見つけられた悠くん、ほんとよかったね……!!!

枕長すぎましたが、ここから最終回の感想です。

冒頭、黒ケッピの絶望解放に飲み込まれてしまった悠くんが銃を持ったままというところがまずつらかったです。銃で人を撃ったことから人生が変わってしまった悠くんが、自分の終わりを決めるために使うものも銃。そして傍らには誓兄さんの格好をしたカワウッソー…なんて哀しい図。しかもカワウソは個人の欲望が顕現したものなので兄さんとの対話を望んでいるのが悠くん自身というところも哀しい。銃で撃っていくのも過去の自分であって、ウッソー兄さんをして「お前を裏切った奴ら」とあらわした一稀くん&燕太くんを撃つんじゃないんですよね。どん底で、つながりを無かったことにしたいけど、悠くんはふたりへの想いは消せなかったし大事だったんだなと思うと気の毒でならなかったです。

そんな悠くんを追ってくるの一稀くんと燕太くん。悠くんが離れてからまたふたりの関係になったわけですが、名実ともにゴールデンコンビになっているのが嬉しいです。ただ、そうなるまでには悠くんとの出会いが不可欠だったこともつながりの因果というか複雑さというか面白さでもあるなーと思いました。

一稀くんは8話らへんまで掴んだかなと思ったらそうでもない、少し捉えどころがないようなキャラだったんですが、作中で一番、つながりというものに希望を持ち、またつながりを手に入れたばかり故につながりを維持するために熱量が要ることを知らないキャラだったのかもしれないな、と9話あたりでおぼろげに思いました。ずっと誰かと確かにつながりたくて、つながりがゴールになっていた一稀くんですが、むしろつながってからがスタートなんだぞっていうことを理解していなかった。本人的には体験してないからどうしようもないんですが、悠くんが離れ、燕太くんと喧嘩し、でも燕太くんに命がけで守られてようやく、つながりはつなげていく意思がなければ続かないことを知ることができた。病院での音寧先生や家での春河との会話のシーンはじんわりしました。それにしても、燕太くんが春河のリハビリに付き合ってたの知らなかったの!?というのはびっくりだったんですが、ケガに関わることを直視出来ないくらいだったんだなと、改めて一稀くんの傷の深さも知った思いでした。

そんな彼が、自分のつながりにはつながっている人の想いが込められていることを実感しながら、燕太くんの命のために希望の皿を取り戻そうする姿はカッコよかったです。そこからの彼は主人公らしさがうなぎのぼりで、怖いおまわりさんのレオにもつながりを手放さないことを示し、悠くんに拒絶されてもつながることを諦めない。一稀くんのまっすぐさと頑固さが燕太くんたちのつながりのおかげで前向きな力になってるのが印象的でした。

そして、一稀くんとは対で、つながりを維持する熱量について苦悩したポジションにいたのが、燕太くんとレオ&マブだったんだろうと思います。ある日突然、本人たちの想いをよそに大きく変わってしまった関係を前に、それでもつながりを諦めようとしなかった3人ではありましたが、結果的に一稀くんと燕太くんはゴールデンコンビというつながりを得、レオ&マブは最後にわかりあったけれど時すでに遅く、ふたりの命は散ってしまいました。

ここで印象的だったのが、燕太くんと一稀くんは春河の事故以前の関係に戻ったわけではなく、新しい関係を築けたということでした。前もそれなりに仲が良かった2人ですが燕太くん的には一稀くんの苦しみに触れられるような関係じゃない(3話の時点)でしたが、いまはより深く心がつながっているし関わっている。変わる前の関係を取り戻したかった燕太くんですが、悩み苦しむ一稀くんから目を逸らさず友人としてフォローし続け、既読スルーとキス無視という切ない現実も受け入れ、だけど気持ちをつなげるんだという意思を貫いたことが真のゴールデンコンビにつながったんだなと…。自分のお姉ちゃんにも「一稀くんをひとりぼっちにしない」と言ってた熱い気持ちの燕太くんにはウルっと来てました。病院のシーンはさりげなく燕太くんとお姉ちゃんの絆も感じられて大好きです。えー朝ごはん魚かよー肉がよかったーみたいなやりとりも好きなんですが(あれ自分が家族から言われるとイラっとくる系ですけど)、姉弟の日常はあたたかいものだったんだなと思いますし、そういう心のつながりを一稀くんも感じたんだろうなと思います。

一方のレオ&マブの哀しいところは、全盛期に戻りたいよね…みたいなところだったのかなと。ふたり~はカップルー最高のカップルーという輝かしい日々があったからこそ取り戻したい…!!っていう思いは特にレオからひしひしと伝わってきた印象です。ここが大人(レオ&マブ)と子ども(中学生)の対比でえぐいな…と感じたところなんですが、大人はしがみつくことあるよ…過去に…子どもは中学生くらいだと小学生には戻りたくねーって感じで(しかし宿題の難易度は戻せと言う)子どもなりにあの頃は良かった…って思ったりするけど、能力面ではこれから伸びていくところもあるのでなんだかんだ前を向きやすいと思うんですが、大人は輝かしい過去に固執してしまうところがある、青春時代を思い返しちゃうどころかマジで戻りたい…って悲しくなったりする…。

レオも蜜月時代という強烈な記憶が鮮やかに残っているし、相手もすぐそばに居るし、なんとか手に入らないものか!蜃気楼!みたいな日々を送っていたわけですが、あんなお前昔と違うよ…みたいな小言を言われる食卓は嫌だよレオさんよ……頑張って食べる機能を駆使してたマブが気の毒に思えました。ただ、マブもマブで、頑張ってるけど昔のやさしいレオがいいよ…って欲望のカワウッソーに縋ってしまう……泥沼スパイラル。欲望レオを替わりにしてることで、結果的に2〜5話のカパゾンビと同列になってしまっているという因果。

書いててせつなくなってくるんですけど、変わってしまった相手を見据え認めることの厳しさというのも、つながりのつらいところでもあり、勇気と度量が必要とされる要素なんだなと感じました。なまじとても近くにいるから目を逸らせない、けれど受け入れようという姿勢を見せ続けたら変わるかもしれない。そこで諦めずに未来を信じた燕太くんは最後に実りの果実を手にできたんだなと。とはいえ、レオ&マブはウッソーの狡猾な罠に嵌ってしまったところもあっていくらかは仕方ない部分がありますが……もう一度、お互いに腹を割って話す、一歩を踏み出すことがあったらと思わずにはいられません。難易度高そうだけども……。

そんな彼らも、最後の最後でお互いの気持ちとすれ違いに気づくわけですが、上司のケッピがやさしくてよかったね…と、ケッピのいいやつぶりに感動しました。物語の途中まで胡散臭さしかなかったケッピですが、カッパにはやさしかった…。さらに一稀たちにもやさしかった…。レオとマブは知恵の輪のようにつながることができましたが、これもまた、ケッピとの過去のつながりがあったからこそなのかなと思います。フルーツ寒天にされて足蹴にされても、レオとマブに臣下への愛とつながりを諦めなかったケッピも好きです。

で、ケッピ的クライマックスは自分の絶望との融合とカワウソとの決戦だったわけですが、ずっとカッパVSカワウソ=愛VS欲望なんだと思ってたんですけど、希望VS絶望だった様子…。(黒ケッピとケッピの攻防は脳内でプリンセスプリキュアの最終決戦に変換されてました。キュアフローラVSクローズさんめちゃめちゃ大好きなんですけど、カワウソイヤァ作画の藤井さんが手がけられてたのも素敵な偶然…って勝手に好きです)

10話でマブが身勝手な欲望を満たしたい、とシステムに身投げしていきますが、身勝手な欲望が増幅された末に待つものが絶望であり、欲望に人とのつながりが加わると愛が生まれその先に希望が待つ、だからつながりは絶望を生みたいカワウソにとって毒、独りよがりな欲望こそ絶望の種……と一気にいろんなことが最終皿で押し寄せてきたんですが、マブの想いが愛ではなく欲望判定だったのは、その想いがレオより自分を優先させてしまったからなんだろうなと思います。欲望判定された2~5話のカパゾンビたちも皆、相手の気持ち無視した行為を行っていて、そこに相手の幸せを願う要素はありませんでした。マブもレオの幸せを願っていたとは思いますが、ただ身投げした時点でカパゾンビ化=死=レオを置いていく、ということは確定してしまったので、あの最後の選択は相手の幸せを願うことを手放してしまってました。

6話で判定が愛だった春河(+燕太くんだったのかな)は、一稀くんが笑ってくれることを信じて、これまでの自分の想いと罪を伝えていました。自分の事故のせいで決定的に変わってしまった一稀くんから目を逸らさず、自分はこれからも変わらず一稀が好きだと伝えることをやめなかった、そんな相手とつながろうとする想いは膨らんでも絶望になどならず愛になる。怪我を抱えた幼い春河にとってもとてもつらい日々だったと思いますが、そんな春河の心を支えていたのは燕太くんと家族のつながりだったんだろうと思います。10話でカワウソ攻撃を退けた燕太くんにも、一稀くんから目を逸らさずつながろうとした愛があったと思います。あのシーンはカッコよかった……!!

レオとマブの最後については、これはピングドラムの最終回で、最後に冠葉くんと晶馬くんの記憶を無くさなかった陽毬ちゃんと苹果ちゃん(そして真砂子姉弟)の物語でもあったのかな思いました。輪るピングドラムがものがなしくてきれいな物語として保たれている所以のひとつは、陽毬ちゃんと苹果ちゃんが失った絆を覚えていない、なんとなく心の奥にひっかかるところがあるけど、それだけというところにあると思っていて、実際消えた二人を覚えていたら暗くて仕方ないエンドになったと思います。でもさらざんまいでは、失ったら悲しい、変わったら悲しい、戻れないのが悲しい、という感情にどんどん対峙していく。レオとマブがそれぞれ悲しみを抱えたまま逝ってしまったところは、監督がインタビューでも言っていたように過去作へのアンチテーゼだったなと感じました。 

過去作がどうこうという部分について最終回で外せないシーンが、一稀の持っているミサンガを4年前の一稀に届けるというシーンなんですけど、あそこは幾原監督の、さらざんまいはウテナからピンドラ、ユリ熊を経てここに来たんだーーっていう意思を感じたような気がしました。星のレオ&マブに導かれ現れたのはウテナの象徴である学園の門ですが、ウテナウテナとアンシーが友だちになる物語であり、次に現れたのはピングドラムで高倉兄弟が罪と罰を分け合った階段ですが、あの時階段の上で待っていたのは罪と孤独に押し潰されていた冠葉くんで、助けに行くのはきょうだいである陽毬ちゃんと晶馬くんでした。さらざんまいでは、過去の一稀くんを助けるのが友だちというつながりを得た一稀くん自身(あるいは自分と友だち)なんですよね……。自分を助けるのはまず自分という展開の力強さが熱くて、ものすごく好きだーーー!!って思いました。もう監督のファンなので過去作のモチーフが出るだけでテンション上がってしまうんですけれど、贔屓目を抑えめにしても過去の一稀くん(そして幼い悠くんとサッカーというものとつながって歩き出していく一稀くん)と、未来の一稀くんたちの想いがつながるあの場面は熱いシーンだったなと思います。

作品が発表された時代もあると思うんですが、ピングドラム放送時は自分も色々なことがきつかった時期で、震災にあい色々と失って家族や親しい人を心の拠り所にしていた頃だったので、ピングドラムを観てその描写に心を重ねて同調することもあり、最後に何者にもなれないと言われた冠葉くんと晶馬くんが「お兄ちゃん」であったということを残して消えてしまったときも「いなくなった人がひとりでさびしく消えなかった」ことに救いを感じていました。高倉兄弟の自己犠牲の選択についても、極限のどうしようもない危機のときに自分はどうなってもいいから大切な人を助けたいという気持ちも身に迫るものがあり、あのエンディングは忘れられません。

ただ、震災以降、日本全体が大きく変わり、さらに思いもよらぬ災害が続き、そうでなくても社会的に立場の弱い人が亡くなっていくようなことが日々知らされるようになって、防災や危険回避のための知識、セーフティーネットライフハックという知恵袋などの情報がテレビや新聞、ネットで溢れているのを見ると、今の時代は生きることや生き残ることへの関心が強く、さらには、生き残るならあなただけではなくわたしも、という意識も強くなっているように感じています。生死を分かつポイントは意外とそばにあるかもしれないということを、ピングドラム放送当時よりも今はずっと想像しやすい世の中になったんだということなのだと思いますし、生き死にについて冷静な眼差しが備わっているということなのだと思います。

そんな意識が、10話で尻子玉抜くよって言う一稀くんに自己犠牲ダセェ!お前との未来を諦めない!!って言った燕太くんにも詰まっているように思います。最終回の回想でも「いつまでも笑い合っていたい」と強く望む燕太くんや、一稀との関係修復を諦めなかった春河は、一人助けるより二人、あなただけではなくわたしも笑うという難しく険しい道を選び、6話では一稀くんの命をつなぎ、想いを共有した一稀くんは二人にそれぞれ想いを伝えて悠を助けに行き、彼の命もつなぎとめます。そして、この世の中お互い生きてナンボ!幸せになってナンボだぞ!という現実から目を逸らさないリアリストのガッツを燕太くんと春河が持てたのは、愛ある心の拠り所(家庭であったり友情であったり)というつながりがあるからだと感じています。

最終回では降り注ぐ「ア」のシーンが多々ありましたが、後半の話を観る限り、アの字はつながりを「諦めない」の「ア」だったらいいなーと思いました。画面に溢れんばかりのアが現れるとき、一稀たちもレオマブもつながりを失いたくない!欲望を手放すなー!といういう気持ちで漲っていて、幼い一稀に降り注いだアの中、カッパから託されたものは、ミサンガとつながることを諦めない気持ちでした。その後のことは小説に詳しくありますが、ミサンガと悠くんのさらっとポーズがきっかけで一稀くんは家族との関係に悩みながらサッカーという心の拠り所を得ることになり、そこから燕太くんとつながりゴールデンコンビと呼ばれるようになったわけで、そのつながりを諦めない心が巡り巡って悠くんにもつながったことを思うと、アが諦めないのアだと思うと楽しいです。

ストーリー序盤ではさらざんまいの戦闘が終わったカワウソマークがアのマークに反転していましたが、最終回後、公式ツイッターのアイコンが「欲」の字から「望」に変わったことも「ア」のイメージに重なりました。望みをつなぐものは諦めない心、なのかな、とその後の未来の漏洩シーンでも感じました。つながったけど、いいことばかりじゃない。つながりたいけど~の部分が誰にでも等しくありえるし、実際ありえる未来が待っていても、それでもつながりたい、つながることを諦めない、やっとまたつながった先で繰り出されたシュートがゴールに入るかどうかわからないけど、ハッピーエンドに届かないかもしれないけど、それでもつながるんだーという3人の想いはどこまでも力強かったです。欲望というものは今だけでなく未来に向かうものなんだなと。

(どうでもいいですが、最後のブチ切れ極まった燕太くんのセリフが「お前らとは絶交だ!」なのがせつないけどちょっと笑ってしまいました。一稀くんから言われたセリフが彼にとって最大級の哀しい言葉なんだなと……燕太くんかわいいな!)

戦い終わって橋の上に3人が倒れたところからEDが終わるまでは、初見時はただ狼狽えてました。本当に、いいのか!?ハッピーエンドじゃないの!?皆生還した!?ほんとに!?とビターなハッピーエンドに慣れていた自分は感情の整理が追い付かずテンパってたんですけど、悠くんが刑務所で罪を償った描写に本当によかったーーーーーーと夜中なのに叫びたい気持ちでいっぱいでした。

悠くんにとっての生きる意味は誓兄さんにありましたが、悠くんの心を縛っていたのは人を殺めた自分であって、だからこそ罪を隠しながら生きる自分に他人と関わる道は無く、感情を素直に表していくありふれた生き方も許されないと思ってたわけで、その罪を受け入れ償う道を選択ができたのは、厳しいしつらいけど、明るい選択だと感じました。

ウッソーな誓兄さんが消える間際、兄さんの口癖の「この世界は悪い奴が生き残る」が出ましたけど、あの時点で悪い奴だけが生き残ってるわけじゃない、という心のゆらぎがあったのでしょう。真面目な性格の悠くんは、後ろ暗いところなく、心から2人と向き合いたくて自首したんじゃないかと思います。罪は罪だと認め受け入れられることが心の重しを取ることにつながるというのは5話の一稀くんもそうだったなと思いました。悠くんの罪は公にすること自体が厳しくてつらくて勇気のいる選択だと思いますが、それが最後の笑顔につながったのを見ると、選んで本当によかったなと、一視聴者としても心救われるような思いでした。

そんな3人のつながりについて、公式ラジオ「ぷれざんまい」で、誓兄さんが悠に買ったサッカーボールがつながりのはじまり、と監督が解説してくださってたんですが、そんなつながりの起点となる兄さんが亡くなってしまったというのも複雑で物悲しい気持ちになります。監督曰くつながりによって身を滅ぼす位置づけだったのが誓兄さんだそうですが、兄弟というつながりに揺れる兄さんは同時に、つながりを信じていたくないキャラであったのかなと思いました。両親が大きな借金を残して自分たちを捨てて死んでしまい、残されたいい歳の(大人としての責任がつきまとう歳の)誓兄さんはどれほどつながりを恨んだり呪ったかしれない……と考えれば気が重くなるんですが、そこでつながり自体への希望を失わなければ、また別の代紋TAKE2的なサクセスストーリーなんかもあったのかもしれないなと思いました。それなりに組織内でいいポジションにいたようですし、有能そうな部下もいたようですから……でも、つながりを捨てつづけてその末に、生きるために必要なつながりまで断ち切ってしまった。

生きながらにしてえんの外側へ行こうとするキャラが、誓兄さんなのかなと思うと9話は悲しいんですが、でも自分にとってはろくでもない他者とのつながりも悠くんにとってはそうではないのだと感じていたのは、言葉の端々からも感じ取れたので、そのまま息絶える道を選んだときに、誓兄さんは悠くんにつながれる道を与えられたのかなと思います。3人がつながる起点に、二度もなった兄さんは、悠くんだけでなく大きな存在だったと思います。

出所後、悠くんは一話冒頭で一稀くんが言っていたモノローグを繰り返します。つながりに溢れている世の中で、自分は何もかも失ってしまった。でも、それがどうした!と河に飛び込むわけですが、あのアの輪っかが悠くんを通りすぎていく。あのアはつながろうとする意志であり、やがて遠くから一稀くんと燕太くんの歌が聴こえ、本人たちが川に飛び込んできてくれる。生と死が入り混じる河は、カパゾンビが辿ったようにほんのささいなことで命を失うこの世そのものですが、そこにつながろうと飛び込んでくれる仲間がいる。絶望の淵で言ったことばを今度は笑顔で言えるようになった悠くんが、一稀くんと燕太くんと河を渡り切り、おっこっせーミラクルーと3人のつながりの象徴のサッカーボールを蹴る。最終回の最後の最後でさらざんまいのうた悠くんパートが流れてとんでもないハッピーエンド!!だったと思います。あの伝言ゲームのようにずれていたサラっとポーズを3人が橋の上で決めてるのが嬉しくて、もう幸せすぎてすごいな…!!と思いました。あそこで10歳のころすべてを捨てた悠くんも救われた思いがします。青い空に11枚の皿がつながってからのまっさらーは大好きです。初見時は(まだ言う)えええええ!?ほんとにーーー!??みたいな戸惑いが強すぎたんですが、2日3日後くらいから観返してCパートからラストまでは涙涙です。あと蕎麦久潰れてなくて心からよかったと思いました。おじさんおばさんも大変だったろうに、すごい頑張られたんだなー。

奇跡もありうるフィクションの中で選ばれた最良の選択がいちばん現実的なものであった、ということもそれ自体が希望のように感じられました。この現実も、決して楽ではないけれど悪いものではないよというあたたかみを感じられるような、素敵な最終回だったと思います。

さらざんまいありがとう……素敵な作品をつくって下さった幾原監督とスタッフの皆さんには感謝でいっぱいです。ありがとうございました!!!今夜放送のラジオでは悠くん役の内山さんがゲストで最終回特集ということなのでめちゃめちゃ楽しみです。

まだこれから小説下巻やスピンオフ漫画、ブルーレイ発売にさらざんまいイベントもあるそうなので、まだまだ楽しめるのが嬉しいです。あーしばらくは身も心もさらざんまい!! 

 

「さらざんまい」ラジオ番組「ぷれざんまい」DJCD 第1皿

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