つづってた

そのときハマった漫画や本についてあれこれ書いてます。

シン・エヴァンゲリオン劇場版:|| 感想・卒業式と祭りのあと

※以下、映画とNHKのプロフェッショナルのネタバレしています※

 ドクターストーンのアニメ2期がはじまって終わろうとしてる(3期特報で七海龍水待ってます!!)とブログを開いて思いました。

『シン・エヴァンゲリオン劇場版:|| 』を子どもと観てきました。先日子どもが卒業式で、春休みの平日に観に行こうと話しててやっと行けました。二週間近くほとんどネットに寄り付かなかったのでネタバレも回避してた…と思いきやちょっと堅めのニュースサイトのコメント欄でまさかのガチファンの熱い語りに遭遇し、ちょっとだけ展開わかってしまったのが悔やまれた…。あと宇多田ヒカル公式サイトで、da capoバージョンが流れることも。

一番懸念してたのは子どもが見てるYouTubeで、そこからネタバレ考察!みたいな動画を先に観て子どもにバレを話されたらどうしようとかハラハラしっぱなしだったんですけど、無いまま行けました。子どもがマイクラ好きで良かった。ありがとうまいぜんシスターズさん。LINEスタンプ可愛いから買いました。YouTubeといえば、オリラジの中田さんの長時間動画も楽しかったです。中田さんの感想動画も観たい。

そんな感じでほぼネタバレ無しで観に行けて、結果とても楽しめました。というか、なんか寂しかった。生粋のエヴァファンではないし、子どもがハマったからついてきたほうですが、TV放送時にシンジくんたちと同世代だったときにオタクだった者としては、エヴァというお祭りが終わったという、ひとつの大きなイベントが終わったような、そんな気持ちのほうが強いです。

ネタバレは気を付けてたけど、宇多田ヒカルファンなので『One Last Kiss』は発売と同時に買って延々聴いてました。もう、あの「忘れたくない人」「忘れられない」ってフレーズがずっとつづくのを劇場で聴いている往年のファンの人のことを思い浮かべたら、なんか泣けてました。落ち着けって感じなんですけど、どちらかというとエヴァをずっと追っていた人のことを思い浮かべながら、この映画も観てきたように思います。

ファンは長ければいいとは思ってませんが、ただ長くつづけていたから見えたことや感じること、体験できる境地のようなものはあると思っています。例えば数年前に終わったドラマTRICKも、完結編の映画でそういう心境になれましたし、幾原監督ファンの方も多分、ウテナからさらざんまいまで観て、長く付き合ってここまで来たという気持ちを持ったと思います。そういうことを体験出来るもののひとつに、エヴァもあったと思います。…枕が長くなりました。 

開幕、マリちゃんの歌からはじまり。ああ、これが最後の…と思ったらついついバッグを抱える手に力が入りました。ラストのことを思えばとても印象的だなと。ブルーレイがあれば2周目したくなるやつ。フランスでの戦い、ちょうど映画の前にナディアのラスト2話を観てたので感慨深いというか…エッフェル塔頑張った。私にアニメって楽しいな!と思わせてくれたのがナディアだったので、最後のエヴァの最初の場面がここというのが嬉しかったです。子どものころ、フランスの青い空にぽっかりと浮かぶ赤いレッドノアがどことなく怖かったんですけど、この青と赤というのもエヴァ的には、なんか因果だな…などと思いました。

電力供給するために歩き回ってくれる敵の造形の気持ち悪さも、いいなー…フランスってなんかおしゃれで洗練されてるっていうイメージがどうしてもあるので(ハートキャッチプリキュアの花の都でファッションショーですか?が大好きすぎるのもあり)、ミスマッチで悪趣味…みたいなのが、ナディアを観てたころに意識を戻されました。何度も思うけど、あのマヤさんがこの若造!みたいなこと言うの新鮮。でもかたくなに「副長先輩」ってリツコさんを呼んでるところが好きです。

マリちゃんの、どこにいても必ず…でキメ!という感じだったんですけど、まさか…まさかあんな…ということになるのを、この時は知る由もなかったのである。 

シン・エヴァで一番びっくりしたのはこの最初のパートだったと思います。突然の昭和っぽい田園風景…というか田舎の風景。(エンディングでトトロと知る) 自分の地元があんな感じのところだったので、どうしたエヴァ、こんなところでと思いました。自分の中のエヴァ像は、チャンネル数少なくてテレビ東京系観られなくて、観るには上京してる先輩にビデオ録画してもらって帰省した時に皆で借りて回し観するか、隣りの市のTUTAYAに数ヶ月遅れで新譜で入ってきたビデオが2泊3日か1週間レンタル可になるまで待たないと見れなかったような田舎の中学生にとっては都会のアニメで、シンジくんたちも都会っ子!みたいなイメージがずっとあったので、どうしてこんなトトロとコラボみたいな…な展開にちょっと笑ってました。唐突なオチビサンCMも笑った。

綾波がかわいかった。かわいすぎるというか、あまりに知らないことが多すぎて周囲のおばちゃんたちや委員長が笑って済ますのが怖いほどでした。話の都合といってはそれまでですけど、でも、未曽有の、本当に生きていることが奇跡のことを経験したらあそこまで人に優しくなれるかも…なんて思いもしました。トウジくんと委員長おめでとう。生きててよかった。生きてることにびっくりしました。Qの雰囲気だともう故人のような印象だった。

無機的な存在が家族と赤ちゃんと交流…っていうの、からくりサーカスでも大好きなパートなんですけど、こっちも可愛かった。赤ちゃんのこと見てる綾波がかわいかった。なにも知らない綾波に、おまじないと教えてくれる委員長が素敵だった。トウジくんは五体満足で家族と町の人の中であくせく頑張っているのを見て、良かったなぁ…と思いました。ただ、観てるときは、シンジくんと綾波がここに居るってことは…!このあとここが…!?ってむごい展開が来るんじゃないかと思って構えてたんですけど、杞憂に終わってほっとしました。(後に危機に晒されるのは変わらないけど)

そして、ケンスケくんも生きてた。以下、ケンケン。生きてたみんなで同窓会じゃあああって思ったけど、ほんと同窓会の感じというか、数年後会ったアイツはとても恰好良くなっていたっていう。トウジくんが生きるために色んなことを経験したと言ってたけど、それはトウジくんに限らず生き残った人たちは皆そうで、ケンケンもそうだったわけですが、とにかく懐がでかくなったところが恰好良かった。大人の包容力。そんなケンケンに、アスカも少なからず心を許している様子にこっちのテンションが上がる。

新劇場版のQまで観て、エヴァに望むものはシンジくんたちが笑顔になるエンディングだったんですけど、個人的にはその最たるところにアスカがいました。そもそも今回エヴァの結末が観たいと思ったのは、あのTV放送当時ほぼ同い年だった、そしていまでは自分の子とそう歳の変わらないキャラクター達が、ろくでもない親のせいでまだ、数十年に渡ってひどい目にあっているという感覚があって、痛ましくて(どうしようもない大人しかいないために)閉塞的な彼らの先に笑顔があって欲しいと思ったのがきっかけで、特にアスカはテレビでも旧劇場版でも、とにかく痛い中で孤軍奮闘という、いっそ死んだほうが楽なんじゃ…ぐらいの印象で、それでさらにQでは内面は成長しててもみてくれは変わらず、よりアンバランスな存在になってしまった。そんな歯がゆい中でシンジくんを叱咤する。マリちゃんが姫を助けろ!っていうのにも共感してしまう。眠らなくても食べなくても生きていけて、さらに今回で綾波と同じ…え…?ってなんかもう、暗がりの中、手人形でひとり自分を励ますアスカがつらかったんですけど、そんなアスカがやけに今回、ケンケンは、ケンケンは、と言う。ケンケンなら仕方ないな…って顔をする。そこに14年間で育まれた何かがあったんだろうなと思うと、アスカにもそういう場所が出来て良かったと思えました。

シンジくんに強制したり、時間制限をつけて急かさない大人がケンケンでした。釣り竿渡されて、でも1匹も釣れなくて、恥ずかしそうなシンジくんになるまで長かったけど、信じて待っていてくれたケンケンはシン・エヴァに限らずエヴァ内ぶっちぎりの大人のいい男だと思います。そんなケンケンとの墓参りが、シンジくんのターニングポイントのひとつだったというのもいいなと思いました。少年の成長に尊敬出来るような先達がいたっていう、これまでにない展開で、ほんとエヴァか、変わったなエヴァ、いやこのあとケンケンがむごたらしく…って感動と不安を行ったり来たりしてました。無くて良かった本当に…。

自分がエヴァはそれなりに観たけど乗り切れなかったのは、尊敬できる大人キャラが居なかったことが理由の一つで(二つ目は、重量感のある兵器同士の戦いが好き、大好きなのはエスカフローネとビッグ・オーです)、当時オタクの親友たちとは、エヴァはグランディスさんとサンソンとハンソンとジャン(←大好きなキャラの皆さん)の居ないナディアだな…みたいな話をしてたことをケンケンを観て思い出したんですけど、ようやくそういうキャラが出たのが最後の映画っていうのが、なんかこう、エヴァが変わって、あのエヴァの空気感が変わって、終わろうとしてるのかな…っていう、村のシーンはそういうことを感じさせてくれる場面でした。

で、綾波らしさを作っていった綾波。最後まで自分なりに生きようとしていた綾波。元の綾波とは違うけど、綾波綾波だ…って思ったシンジくんの前でまた喪われてしまう。悲しい。エヴァで好きなのがシンジくんと綾波の交流ボーイミーツガールだったので、何度目だ綾波…ってカヲルくんもそうはそうなんですけど、でも消えた綾波をきっかけにこのままじゃダメだと奮起したシンジくんにじんとしました。同時に、もう意志とは関係ないところでシンジくんに惹かれる生物としてつくられていても、そういう自分でも、それでもそれ以外は自分の意志で考えられて、その結果、村の人や委員長一家へも自分なりの思いを伝えて、シンジくんにも伝えて消えていった綾波の描写が好きです。あの何度も何度も来てくれた綾波は、シンジくんに「伝える」って姿勢を感じさせてくれてたと思います。そしてそれまで、ケンケンやトウジたちを通して、ろくに答えなかった自分に対する、相手が伝えるためにかけた熱量も感じ取っていたんじゃないかなと。だからもう、本物の綾波だろうとなかろうと、綾波でなくても誰だろうと、このままじゃ事態が動かないとシンジくんは立ち上がれたんじゃないかなと思います。シンジくんやった!あの見てよ!与えてくれよ!って言ってたシンジくんが、伝えよう、手を伸ばそう、っていうシンジくんになった…!!

自分の見たかったものの7割くらいはこのへんで観られた気がします。あとこのあとの、ヴィレ戻ったシンジくんにアスカが聞きたかったことを聞くシーン。マリちゃんもアスカを支えてたんだな…って思いました。そして最終決戦開始。アスカがまたつらい。眼帯からなんか出た。人を辞めてしまった。アスカはオリジナル(?)からも展開からも作品からも逃れられない、みたいな勢いすらあった人柱描写にまた悲しくなったんですが、今回はこのあと救いがあってほしいと、思えるような空気だったのがすごい最後の映画っぽかった…。

総決算じゃ!!って感じで、ゲンドウが急に来る。急に撃つ。リツコさん即撃って、なんかもう言っちゃなんだけどスカッとしました。なんか零したと思ったら脳でうげってなったけど(横で子どもも小声でうわって言ってた)、その後脳なんか気にならないくらい眺めのいい目元で笑いました。

父さん!ってシンジくんも来たけど、父さんとの話はお預け…ヴィレクルーの皆さんの討論会開始。すんごいナディアのオマージュだった。ミサトさんに関しては最期まで特にそうだったけど、やっぱりエヴァはどこもかしこもネモ船長とエレクトラさんとナディアだな…って思ったんですが、ヴィレから離れ生き残ったリツコさんたちはそうでなくなるっていうのがなんか、エヴァっていう台風の目のような、コアのようなものから離れていく存在だと思えて、祭りから一人一人帰っていくみたいな感じがなんだか寂しくもありました。

ミサトさんも、今回で突然の設定盛り盛りでびっくりしましたが、親として接することの出来なかった息子のいる母、になったことで、シンジくんとの関係性もちょっと遠くなったように思います。なにかあったときにシンジくんに即、全身全霊かけられない存在になった(という理由が出来た) すごい線引きされた感じがありました。撃たれるの庇ったけども、シンジくんのためだけども、引いてはきっと人類の、息子のためでもあるという。そのワンクッションみたいな感じ。だからこそ少し冷静に、シンジくんに心が寄りかかることなくミサトさんは振舞えたんだと思いますが、でも加持さんがいないならなおさら息子さんのところへ帰って欲しかったな…と思います。グランディスさんのように子を託されたリツコさん、つらいじゃん。親のやったこと、自分の発言に対しての尻ぬぐいをする、という流れでミサトさんもナディア最終回のネモ船長になってしまったけど、そこは悲しかったです。ミサトさんも自分のことを息子に伝えようとして欲しかった…。

そしてとうとう親子対決をする。あのあたりの雑さにどうしたエヴァの映像…って別の意味でびっくりしたけど、素人のイマジネーションの世界なので…っていうことで、あちこち舞台が変わるわ室内にあのエヴァがみたいなシュールギャグのようなやりたい放題劇場だったですけど、最後だし本当にガチですごい映像の親子対決観たかったなー!とも思いました。予告の映像でドキドキしてただけに。そこは後ほどの甘き死よ、来たれなシーンのオマージュのところでも思ったですけど、ああいうゾクゾクするような映像体験、ヤバいものを観てしまってる体験を最後に味わいたかった気もします。でもなんだか、本当に終わるなら多くは望まないみたいな心境になってて、そこはもう妥協。

ていうかここからは、映像からなにかを読み取るというよりも、監督の乗り移ったゲンドウのカウンセリング・キャッチボール・居酒屋ちゃんぽんみたいな気分でただこれまでの言葉足らずだったおっさんの怒涛のトークをひたすらうんうん頷きながら聴く気分でいました。そしてシンジくんも聴いてた。たまに、弱さを正面から受け止めないからつらいんだよ的なことまで言ってくれた。旧劇場版と立場が変わったシンジくんとゲンドウくん。くん付けちゃったよ思わず。対比描写のオンパレードで、新と旧の対話みたいな感じでした。回顧し、昔の自分を受け止めてるおっさん。ああでも、誰かもっと前に言ってくれよ…止めてやれよ…って思ったけど、冬月さんしか居なかった。同じように今回の場合、ミサトさんにもリツコさんしかおらず、止まらなかった。

そんな中でゲンドウくんは自分の子、ユイさんと自分のあいだに生まれてきた子どもに向き合って、ユイさんを見つける。自分の碁の中に佐為がいた…って気づくヒカルのように、家族の中に家族の面影を見つけたゲンドウ。ここ大好きです。なんやかんや儀式の果てにユイさんに会うんじゃなく、自分の中や他者の中に、ユイさんを見つけるっていうのが、内面に向き合えたんだなってわかって好きです。漫画版の理由もあれはあれで(わかりやすい理由があってスッキリしたという意味で)好きなんですけど、こっちの不器用さ全開なのをさらけ出してきた決着のほうがまだシンジくんに救いがあっていい…。 

先日のプロフェッショナルでも何度か語られてましたが、ここからは卒業式のような感じでした。ちょうど子どものに参列したばかりというのもあるんですけど、呼ばれて返事をして前に出て、校長先生というシンジくんと対面して、言葉を交わして、卒業。アスカ、カヲルくん、レイちゃんがそれぞれ旅立ちを迎える。

アスカの独白…あの予告の子は小さい頃のアスカだった…誰かにただ頭を撫でてほしかった…あの、いつもひとりで自分を励ましてた人形がどでかいぬいぐるみになってそばにいて、その中から顔を出したのがケンケンだったときに、うわああああって内心の叫んでました。そんなに近くにケンケンがいたのねアスカ…そうして欲しい、そうしてくれた誰かがアスカにいたんだと思ったら目頭が熱くなりました。アスカとケンケンの14年間ムービーを見せて欲しい。アスカがあの村を守る場所だと言ったときに義務的な意味あいで取ってましたが、ケンケンのいる村だというニュアンスがあったらときめきが止まらない。 

そのあとのカヲルくんも、新情報満載で!!?!!?ってなってましたが、カヲルくんの涙のインパクトと、救われたかったカヲルくんの加持さんとの会話を聞いて、なぜか日出処の天子の王子と毛人の最終シーンを思い出しました。カヲルくんのシンジくんを救おうとする強い意志と希望を口にする、それは救われたい自分と希望を見出したい自分がいたからだと。希望を口にしないと壊れてしまうのはカヲルくんだったのかな…なんて思いました。何度も何度も、シンジくんの前でむごたらしく死んでいくカヲルくんも、その輪廻から解放された。

そしてとうとう、レイちゃんが!!あの取り込まれたまま、髪が伸びていたレイちゃんもシンジくんと伝え合えるのかと思って感激してたら、ここでいきなり新世紀エヴァンゲリオンって語りだして、サブタイトル画面がわーーーっと流れ出して、傷ついたレイちゃんを前に僕が乗るって言ったシンジくんが脳裏に浮かんで、フィナーレか!って感じがたまらなかったです。レイちゃん、もう出てこないと思ってたから個人的に嬉しかった…

もうこれ以上はあるまい…と思ってたら、赤い海のほとりにシンジくんとアスカが居てたまりませんでした。ここも掬っていってくれるんだなと、本当にすべて終わっていくんだなと。好きだったと、あのころ言えなかったことを伝えるシンジくん。ちょっと照れる、アスカ。成長したんだな…。伝えることが巡り巡る。輪るピングドラム…(プロフェッショナルで庵野監督の横にウテナの紙袋あってニヤニヤしました)。 エヴァキリスト教が云々というわりに与えるキャラがいないぞと思ってたけど、いまみんなが自分の中から何かを与えよう、能動的になにかをしよう、伝えようとしてる…とそういうやりとりが為されていくことに、じーんとしました。アスカをケンケンのところへ届けるシンジくんに、あ、アスカがケンケンのことを特別だと思ってることを察してたんだなとちょっとびっくりしました。その後、ケンケンのもとへ帰ったアスカが観たい。ふたりの生活どうなるの。そんな妄想の余地があって好き。

そして卒業式、最後にみんなと対峙して別れたシンジくんを迎えに来たのは、マリちゃんだった。マリちゃんだった!来てよかったねーーーーって思ったら、えええ!!!そこまで来た!!!!!って感じのエンディングでびっくりでした。いやもう、出されたらそうか…としか妙に腑に落ちるというか…。

ある物語が動くときは(主人公と周囲の人物にとって)予想外の闖入者がやって来た時で、物語が始まった時点でどうにもならない膠着状態をかき混ぜたり、恋に落ちたりするのもそんな相手だったりするのを思うと、エヴァというひとつの(作り手側の)膠着状態を変えたのは新参者(といってももう長いけど)のマリさんだったり、あるいは成長したケンケンだったりするのかもと思いました。今回冒頭でマリさんが歌ってる水前寺清子さんの歌の歌詞に、長さじゃないよって歌詞が入ってるのがなんとも。このフレーズ、冒頭でやけによく聴こえたのを思い出します。

エヴァのいない世界ならそうかも…というのは、カヲルくんとレイちゃんは似たもの同士ようなふたりだしなあ…。カップリングという感じでもそうでなくてもいいですが、社会人シンジくんという存在が誰かと気安く話している、手をつないで走っていくっていうのが、電車から降りて、自由に駆け出すっていうエンディングのインパクトがすごくて、本当にエヴァが終わって、大団円って感じになって、その出来事に圧倒されました。作品の完成度とか技術などと関係ないところでの感動がすごかった。

『One Last Kiss』も、劇場で流れたらしんみり泣けるんだろうなと思ったら、もう全然違う。画面のさわやかさとのギャップになんか戸惑ってたんですけど、でも、テロップが流れてきてから、庵野監督は『監督不行届』で熱く語ってた、敬愛する安野先生の漫画のような、見た人が自分もがんばろって元気づけられるような作品を、エヴァで作ったぞと、そうなったんだなと思ったら泣けてきました。ハッピーマニア大好き。最後の『Beautiful World』も、ここにきてゲンドウくんの歌になってて、本当に、いろんなものがまとまって、つながって、終わったんだなと思いました。あの公開された全員集合のポスターも良かった。端と端をつなげるように丸めると、アスカとケンケンが隣りなのがとても好きです。

そして帰ってきて、いろんな方の感想ブログを読み漁って、こういう思いの丈をこれでもかと伝えたり考察したり、そういうことをする時間が楽しいっていう感じが味わえる作品が完結したんだと思うと、歳月の流れを感じます。友人が十二国記の大ファンで、待望の新刊発売(ってそれももう2019年だし)に、京極夏彦ファンの私も妖怪シリーズ出て欲しい、近日刊行ってあったし…あと3年か5年かな?なんて思ってたので、待っていることが既に自分の一部で、そうでなくても5年があっという間に思えたりもする日々の中で、エヴァの完結を観てあれやこれの終わりに立ち会いたいなという気分になりました。待ってるあいだもまた楽しいんでいいけど、終わりも知りたい。

そういえば『監督不行届』の記事書いてたんですけど、そこの終わりも似たようなこと書いててちょっと笑えました。(アルスラーン戦記は終わったよあのころの自分…でも立ち直るのにしばらくかかったよこんちくしょー)

一緒に見た子どもは果たして楽しかったのか…と思ったら自分よりもいろいろ細部まで覚えていて楽しかった様子。村のあたりは若干ダレてましたが、目がアレなゲンドウがツボだったのかそこからしっかり観てた様子。思い出に残ってるのもゲンドウくん。戦闘シーンの真似もしてました。楽しめたならなによりだ…卒業おめでとう。

 シン・エヴァ楽しかったです。また観に行きます。  

 

監督不行届 (FEEL COMICS)

監督不行届 (FEEL COMICS)